80代の父に運転をやめてほしい。でも私は子どもの頃から父が苦手だった。

父と娘

最近、80代の父の運転について真剣に悩んでいます。

私は保健師です。

父は脳梗塞の後遺症で視野狭窄があり、それでも車の運転を続けています。

「危ないのではないか」

そう思いながらも、私は長い間この問題と向き合うことを避けてきました。

理由は単純です。

私は、子どもの頃から父が苦手だったからです。

父は外では人当たりがよく、近所や知人からの評判は優しいお父さん。

しかし家の中では違いました。

気に入らないことがあると怒鳴る。

家族の意見を聞かない。

父の機嫌が悪いと家中が緊張する。

食事中に機嫌を損ねると、茶碗やお皿を投げることはしばしばありました。

子どもの私は、父を怒らせないように行動することを自然と覚えていきました。

父の機嫌をうかがうことが日常でした。

大人になってからは距離を置いた

就職して実家を離れてからは、父と適度な距離を保つようになりました。

親子の縁を切ったわけではありません。

ただ、必要以上に踏み込まない。

それが自分を守る方法でした。

父は昔から、自分の考えが絶対でした。

人の話を聞いているようで、自分に都合よく解釈することも少なくありません。

何を言っても伝わらない。

そう感じる経験を何度もしてきました。

そのため私は、「父を変えよう」と考えること自体をやめていました。

保健師なのに父には通用しない

私は保健師として働いています。

仕事では病気の説明をしたり、健康管理についてお話ししたりすることがあります。

相手に合わせて分かりやすく説明することも仕事の一つです。

ところが、自分の父になるとまったく話は別でした。

仕事では冷静に対応できるのに、父が相手になると感情が入ってしまう。

父も医療職としての私ではなく、「娘」として見ています。

家族という存在は、ときに他人よりもはるかに難しいものだと感じます。

家族から託された役割

私は遠方に住んでいます。

普段父と接している家族よりは衝突も少なく、医療職でもあります。

そのため家族からは、

「あなたの話なら、お父さんは聞くんじゃない?」

と言われていました。

その言葉は重荷だったかも知れませんが、「そうだよね…私だよね…」との受け止めでした。

私は父と向き合うことを避け続けてきた人間です。

できることなら今回も避けたかった。

でも、もう逃げることもできない、諦めも含んだん段階にきていました。

父との関係から、逃げられなくなった

そんな父に、次々と健康問題が起こり始めました。

脳梗塞(これは20年以上前のこと)。

視野狭窄(これも20年以上前のこと)。

そして心不全での入院。

私は少しずつ思うようになりました。

「このまま見て見ぬふりをしていていいのだろうか」

もし事故が起きたら。

もし誰かを巻き込んだら。

その時になって後悔しないだろうか。

本当は今でも父と向き合うことは苦手です。

しかし逃げ続けることもできなくなりました。

次回は、心不全で入院した父と向き合うため、私が行ったことについて書きたいと思います。

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