再手術は成功。でも父は翌日には運転していた
父のペースメーカー再手術は無事に終わりました。
脈拍が40を下回り、ペースメーカーが正常に作動していないことが分かった時には驚きましたが、大きなトラブルになる前に発見できたことはありがたいことでした。
家族としてもひと安心でした。
ただ、この出来事を通じて改めて感じたことがあります。
父と私たち家族では、同じ出来事を見ても受け止め方がまったく違うということです。
今回は受診を嫌がらなかった
今回のペースメーカー不具合ですが、父は受診を嫌がりませんでした。
毎日測定している脈拍が40を下回っていたからです。
本来なら60程度で維持されるはずの脈拍です。
数字だけ見れば明らかな異常でした。
本人には、
苦しい。
息切れがする。
めまいがする。
といった自覚症状はありませんでした。
それでも、さすがに40という数字を見て、
「これはまずい」
と思ったようです。
病院を受診することにも抵抗はなく、検査もすんなり受けました。
結果としてペースメーカーが正常に作動していないことが分かり、その後入院となりました。
父は自分の健康には意外と敏感だ
考えてみると、父は昔からそうでした。
頑固で人の話を聞かないところはあります。
しかし自分の身体のことになると話は別です。
何か異常を感じれば受診する。
検査を勧められれば受ける。
手術が必要と言われれば受ける。
健康面については、自分に不利益が起こる可能性を感じると比較的素直に行動します。
今回も、
「脈拍40以下」
という数字を見て、自分自身の健康への影響を感じたからこそ受診したのでしょう。
でも運転になると話が変わる
ところが運転の話になると、父はまるで別人です。
脳梗塞後遺症による視野狭窄。
難聴。
白内障。
心不全。
そして数え切れないほどの小さな事故。
客観的に見れば、一度立ち止まって考えるべき状況です。
それでも父には、
「運転をやめる」
という選択肢そのものが存在していないように見えます。
私は長い間、その違いが不思議でした。
なぜ自分の健康には敏感なのに、運転だけは危険だと思わないのだろう。
最近になって少し分かった気がしています。
父は、自分に不利益が起こることには敏感です。
一方で、自分の運転によって他人に迷惑を掛けたり危険を及ぼしたりする可能性については、ほとんど考えていないように見えるのです。
15年前のお正月も同じだった
実は似たような出来事がありました。
今から15年ほど前。
父が脳梗塞を発症して数年が経った頃のお正月でした。
父は昼間からお酒を飲んでいました。
その日の夜、地域の会合が近くの会館でありました。
歩いて行けない距離ではありませんが、少し距離があります。
そのため母が車で送っていく予定になっていました。
私たち家族は当然、そのつもりでいました。
ところが気付くと父の車がありません。
母と私は顔を見合わせました。
「飲酒運転で行ったな」
私は慌てて会館へ向かいました。
駐車場には父の車がありました。
嫌な予感は当たっていました。
私は父の車の鍵を取り上げた
私は会館の中へ入り、父のところへ向かいました。
そして車の鍵を渡すように言いました。
父は怪訝そうな顔をしていました。
なぜそんなことをされるのか理解できない、という表情でした。
本心では納得していなかったと思います。
ただ、その場には地域の人たちが大勢いました。
普段なら怒鳴るような場面でも、さすがに人前ではできなかったのでしょう。
父は不満そうな顔をしながらも、しぶしぶ鍵を渡しました。
私はそのまま父の車を家まで運転して帰りました。
昔から変わらない
振り返ってみると、父は昔からそういう人でした。
病気のことなら病院へ行く。
検査も受ける。
手術も受ける。
でも運転だけは別なのです。
飲酒した日でも。
脳梗塞の後でも。
事故を起こした後でも。
「だから運転をやめよう」
にはつながらない。
私にとっては不思議で仕方がありませんでしたが、父の中では全く別の話なのでしょう。
7月の事故でも変わらなかった
今年の7月にも、父は敷地内で事故を起こしています。
停車していた宅配便の車に自分の車をぶつけました。
幸い大きな事故にはなりませんでした。
しかし、その後の父の話を聞いていても、
「自分にも原因があった」
という認識は感じられませんでした。
昔から同じです。
事故が起きても、自分の運転を見直すきっかけにはならない。
相手や状況のせいにして終わってしまう。
私が怖いのは事故そのものではありません。
事故から何も学ばないことです。
だから同じことが繰り返されるのではないかと思ってしまうのです。
再手術は成功した
再手術は無事に終わりました。
脈拍は60に戻りました。
ただ、父自身はもともと大きな不調を感じていなかったため、
「体が楽になった」
という感覚は特になかったようです。
父の中では、
手術した。
問題は解決した。
だから元気になった。
そんな理解だったのだと思います。
母への態度も元通りだった
入院中は多少おとなしくなっていたようです。
ところが退院すると、あっという間に元の父に戻りました。
母への態度も以前と同じでした。
横柄で、自分中心。
気に入らないことがあると不機嫌になる。
話を聞きながら、
「ああ、元気になったんだな」
と妙なところで実感してしまいました。
もちろん褒めているわけではありません。
父らしさが戻ったという意味です。
「普通の生活をしていい」が追い風になった
今回、父にとって大きかったのは主治医からの言葉だったようです。
術後、
「普通の生活をして大丈夫ですよ」
と言われたそうです。
医師としては、日常生活に戻ってよいという意味だったのでしょう。
しかし父は、
「もう元通りになった」
と受け取ったようでした。
そして、
「運転しても大丈夫だ」
という解釈にまでつながっているように見えました。
今思えば、主治医に父の運転状況をもっと詳しく伝えておくべきだったのかもしれません。
視野狭窄。
難聴。
白内障。
これまでの事故歴。
そうした背景を共有できていれば、運転についても話題になったかもしれません。
そこは私の反省点でもあります。
退院翌日には運転していた
母も父が車に乗らないよう気を付けていたようでした。
しかし父は父でした。
退院した翌日。
母の目を盗んで車で出かけていたそうです。
その話を聞いた時、驚きよりも落胆の方が大きかった気がします。
心臓の再手術をしたばかりです。
それでも運転する。
父の中では、
「手術は成功した」
「だから自分は元気だ」
という認識なのでしょう。
父が変わらないのではなく
最近思うことがあります。
父は病気を軽視しているわけではありません。
自分の身体に関することなら受診もします。
検査もします。
手術も受けます。
問題はそこではないのです。
父は、自分に不利益が起こることには敏感です。
しかし、自分の運転によって誰かを傷つけるかもしれないという発想が極めて乏しい。
だから運転はやめられない。
だから事故を起こしても考えが変わらない。
もしかすると、父が変わらないのではなく、父にとって運転は危険な行為ではなく、「当たり前の生活の一部」なのかもしれません。
それでも家族は諦められない
父はまた運転しました。
正直、失望もしました。
それでも現実は変わりません。
父の考え方も、簡単には変わりません。
それでも諦めるわけにはいきません。
父自身のためというより、父が誰かを傷つける側になってほしくないからです。
だからこれからも、できることを一つずつ続けていこうと思っています。

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