退院したばかりの父は、2日後に車を運転していた
前回の記事では、9月の心臓手術後に帰省した様子について書きました。
手術は無事成功し、父は驚くほど元気でした。
退院したばかりということもあり、自宅で静かに過ごしていました。
私は帰る前に、
「運転は今はしないで」
と伝えました。
父は否定も肯定もしませんでした。
私は母にも、
「運転しないよう話しておいたから」
と伝えて帰宅しました。
そして正直なところ、
さすがに退院したばかりなのだから、しばらくは家でおとなしく過ごすだろうと思っていました。
しかし、その期待はわずか2日で裏切られました。
母からの連絡
帰省から2日後。
母から連絡がありました。
父が車で出かけたというのです。
しかも母に黙って。
母の目を盗むようにして。
私は言葉を失いました。
手術したばかりなのに
父はつい先日、心臓の手術を受けたばかりです。
退院してまだ数日。
無理をする時期ではありません。
しかも父には、
脳梗塞後遺症による視野狭窄があります。
耳もかなり遠くなっています。
白内障も進行しています。
本人も、
「今の眼鏡が合わない」
「見えづらい」
と言っていました。
それなのに運転している。
私にはその事実が父ならやりそうだが、人として信じられませんでした。
「大丈夫」という思い込み
振り返ると、父は昔からそういう人でした。
自分は大丈夫。
自分には当てはまらない。
問題はない。
そう考える傾向があります。
お酒の量もそうでした。
塩分制限もそうでした。
そして運転も同じなのだと思います。
本人の中では、
「まだ運転できる」
という認識なのでしょう。
しかし家族から見ると、そうは思えません。
私が怖いのは事故そのものではない
多くの人は、
「事故を起こすのでは」
と考えるかもしれません。
もちろんそれも怖いです。
でも私が本当に怖いのは、
父自身が危険な状態にあることを理解できていないことです。
見えにくさを自覚している。
耳が聞こえにくいことも分かっている。
心臓病も抱えている。
それでも、
「自分は大丈夫」
と思っている。
その認識のずれこそが、私には一番怖いのです。
父との戦い、現実との戦い
最近感じることがあります。
私は父と戦っていると同時に、
父が受け入れたくない現実と向き合う手伝いをしているのだと思います。
老い。
病気。
身体能力の低下。
運転能力の変化。
誰にでも訪れることです。
しかし、それを受け入れることは簡単ではありません。
特に父のように、長年自分の力で生きてきた人間にとってはなおさらなのでしょう。
私は諦めるべきなのだろうか
父は私の説明を聞きました。
資料も読みました。
心臓手術も受けました。
それでも退院からわずか数日で運転しました。
この事実を前にすると、
「もう何を言っても無駄なのではないか」
と思う自分もいます。
それでも、
もし事故が起きたら。
もし誰かを傷つけてしまったら。
そう考えると、やはり諦めることはできません。
運転をやめてもらうまでの道のりは、長くなりそうです。

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