父に心不全の説明資料を作った話。伝わらないと思っていた父が、翌朝に聞いてきたこと
前回の記事では、80代の父の運転問題と、私自身が長年父と距離を置いてきたことについて書きました。
今回は、お盆に帰省した際に父へ説明するために作成した「心不全と運転についての資料」の話です。
保健師として働く私ですが、自分の父に病気を説明することは、仕事とはまったく違う難しさがありました。
父は心不全の深刻さを理解していなかった
今年5月、父は心不全で入院し、ペースメーカーの手術を受けました。
手術は無事に成功しました。
ところが父の認識は、「手術したから治った」でした。
しかし実際にはそうではありません。
7月の検査では、心不全の状態を示すBNPが基準値を超えていました。
さらに医師からは追加の心臓手術も勧められており、9月には別の手術も予定されています。
父の心臓は決して安心できる状態ではありません。
それなのに本人には危機感がありませんでした。
息切れをしても、
「歳だから仕方ない」
疲れやすくなっても、
「昔とは違うからな」
その程度の認識だったように思います。
「聞こえていない」だけでは説明できない
父はかなり耳が遠くなっています。
そのため医師の説明が十分に理解できていない部分もあると思います。
しかし私は、それだけではないと感じていました。
父は昔から人の話を聞かないタイプでした。
正確に言うと、聞いていないわけではありません。
聞いた内容を、自分に都合の良いように解釈してしまうのです。
だから医師から説明を受けても、
「手術したから大丈夫」
という結論になってしまったのでしょう。
私は、このままでは病状も運転リスクも理解できないままになってしまうと思いました。
お盆の帰省で説明資料を作った
そこで私は、お盆の帰省に合わせて説明資料を作成しました。
内容は、
- 心不全とはどんな病気なのか
- なぜペースメーカーだけでは治らないのか
- 現在の心臓の状態
- BNPの意味
- 今後予定されている治療
- 運転時のリスク
といったものです。
実は、この資料づくりにはAIも活用しました。
仕事をしながら帰省の準備を進める中で、一からすべてを作成する時間を確保するのは簡単ではありませんでした。
そこでAIを使って資料の構成やたたき台を作り、それをもとに私自身が父の検査結果や治療内容に合わせて修正していきました。
最近はAIで資料を作ることも珍しくありません。
実際、とても効率よく形にできます。
ただ、今回改めて感じたのは、資料そのものを作ることと、相手に伝わる資料を作ることは別だということです。
相手がどんな人なのか。
何を理解していて、何を誤解しているのか。
どんな言葉なら届くのか。
そこはやはり人間にしかできない部分だと思いました。
伝えたいことが多すぎた
資料を作り始めると、
「これも伝えたい」
「これも知ってほしい」
という思いが次々に出てきました。
心不全のこと。
検査結果のこと。
今後の手術のこと。
飲酒のこと。
塩分制限のこと。
運転への影響のこと。
気が付けば想定していたよりもずっと枚数が増えていました。
今振り返ると、本当はもっとシンプルに、
「心不全は治ったわけではない」
「心臓はまだ悪い状態にある」
という点だけを伝えた方が良かったのかもしれません。
それでも当時の私は、
「父にきちんと理解してほしい」
という気持ちが強すぎたのだと思います。
保健師としてというより、一人の娘として。
後悔したくないという気持ちが資料の枚数に表れていたような気がします。
実際に父へ説明した資料
今回の帰省で使用した資料の一部を掲載します。





説明中の反応は正直いまひとつだった
資料を見ながら説明をしました。
心不全について。
検査結果について。
今後の手術について。
運転のリスクについて。
できるだけ分かりやすく話したつもりでした。
しかし父の反応は、
「そうか」
「ふーん」
という程度でした。
本当に伝わっているのだろうか。
聞き流しているだけではないだろうか。
そんな不安を感じました。
何を説明しても、
「自分は大丈夫」
で終わってしまう父を、私は何十年も見てきたからです。
その日の夜も正直なところ、
「やっぱり伝わらなかったかな」
という気持ちで終わりました。
父は自分の状態を客観的に見られていなかった
今回の説明の中で改めて感じたことがあります。
父は自分の健康状態を客観的に把握することが難しくなっているように見えたのです。
例えば飲酒です。
私が
「お酒はどのくらい飲んでいるの?」
と聞くと、
「週に1回、1合くらいだ」
と答えました。
ところが後で母に確認すると、実際にはほぼ毎日、日本酒を3合以上飲んでいるとのことでした。
塩分も同じです。
医師から塩分を控えるよう指導された際には、
「薄味にしている」
と答えたそうです。
ところが実際の食事を見ると、お浸しにも揚げ物にもしょうゆをたっぷりかけています。
父は嘘をついているつもりではないのだと思います。
本人の中では、
「自分はちゃんと気を付けている」
という認識なのでしょう。
だから私は余計に運転が心配になるのです。
翌朝、父が聞いてきたこと
説明した夜は、兄も私と同じで、
「伝わってないよね」
という気持ちで終わりました。
ところが翌朝、父の方から声をかけてきました。
「つまり、心臓は悪いってことか?よくならないってことか?」
私は少し驚きました。
前日の説明中には見られなかった反応だったからです。
おそらく父は、私たちとの話が終わった後、もう一度資料を読み返したのだと思います。
もちろん、それだけで病気を完全に理解したわけではないでしょう。
危機感を持ったとも言い切れません。
それでも、
「何も伝わっていなかったわけではなかった」
そう感じることができました。
あの一言は、今回の帰省で一番印象に残った言葉かもしれません。
人はすぐには変わらない
保健師として働いていて感じることがあります。
人は説明されたその場では変わりません。
理解には時間がかかります。
行動が変わるには、さらに時間がかかります。
それは家族も同じでした。
むしろ家族だからこそ難しいのかもしれません。
父も一晩かけて、自分なりに考えていたのでしょう。
今回の資料づくりで気付いたこと
今回、説明資料を作ったことは無駄ではなかったと思っています。
父が運転をやめると言ったわけではありません。
病気について十分理解したとも言えません。
それでも、
「心不全は治ったわけではない」
ということは、父の中に少し残ったように思います。
そして私自身も気付きました。
父をすぐに変えることはできない。
でも諦めてしまったら、何も伝わらない。
AIを使えば資料は短時間で作れます。
けれど、その資料を手に取ってもらい、読んでもらい、考えてもらうことは別の話です。
今回、翌朝の父の一言を聞いて思いました。
説明は、その場で終わるものではないのかもしれない。
伝わったかどうかは、相手の中で時間をかけて育っていくものなのかもしれない。
9月には心臓の手術が予定されています。
私は手術後にもう一度帰省し、父の様子を見てこようと思っています。
今回まいた種が、父の中で少しでも育っていてくれたら。
そんなことを願っています。
次回予告
9月の心臓手術後に帰省した際の父の様子、そして12月の免許更新に向けて家族がどのように向き合っていくのかについて書く予定です。

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