父の最初の事故を思い出した
前回の記事では、15年ほど前に父が飲酒運転をした出来事について書きました。
その記事を書きながら、さらに古い記憶がよみがえってきました。
おそらく私が覚えている中で、一番最初の父の交通事故です。
普段は思い出すこともないのに、父の運転について考え続けているうちに、ふと頭の中に浮かんできました。
私が小学1年生くらいの頃
あれは私が小学1年生くらいの頃だったと思います。
実家の敷地内で自転車の練習をしていました。
まだ上手に乗れず、一生懸命練習していた記憶があります。
父は車で出かけるところでした。
私は自転車。
父は車。
そんな何気ない日常の中で起きた出来事でした。
突然聞こえた衝突音
事故の瞬間そのものは、実はあまり覚えていません。
ただ、
「」
という音がしたこと。
周囲が急に慌ただしくなったこと。
そのあたりの断片的な記憶だけが残っています。
後から聞いた話では、父が敷地から道路へ出ようとした際、右から来ていた車と接触したそうです。
幸い大きな事故にはなりませんでした。
それでも当時の私には、とても衝撃的な出来事でした。
事故の後、父は
「お前が自転車に乗っていたから、そっちに気を取られた」
というような話をしていました。
子どもの私は自分のせいだと思った
小学校低学年だった私は、その言葉をそのまま受け取りました。
自分が自転車の練習をしていたから。
自分に気を取られたから。
父は事故を起こしてしまった。
そんなふうに思ったのです。
だから申し訳ない気持ちになりました。
父に悪いことをしてしまった。
自分が原因だったのかもしれない。
そんな思いが長い間残っていました。
今振り返ると見え方が変わる
もちろん今は違います。
大人になった今だから分かることがあります。
家から道路へ出る場所は、決して見通しが悪かったわけではありませんでした。
塀や植木で視界が遮られているような場所でもありません。
道路の左右は十分確認できる環境でした。
もちろん私は当時の状況を細かく覚えているわけではありません。
父も責任を押し付けようとしていたわけではなく、事故の状況を説明しただけだったのかもしれません。
ただ、小さかった私はそう受け取ることができませんでした。
子どもなりに、
「私のせいだったんだ」
と思い込んでいたのです。
父もただの人だった
最近、父の運転について考えることが増えました。
脳梗塞。
心不全。
白内障。
視野狭窄。
そして運転。
いろいろな問題が重なっています。
そんな中で昔の出来事を思い出していると、父は特別危険な人だったというより、自分の運転にある程度自信を持っている人だったのだろうと思います。
自分なら大丈夫。
自分ならできる。
おそらく、その感覚で長年運転してきたのでしょう。
そしてその感覚は、80代になった今もあまり変わっていないように感じます。
記憶は意外なところでつながっている
今回ブログを書き始めてから、昔の記憶をよく思い出します。
普段は忘れていたはずのことばかりです。
小学1年生の頃の事故。
15年前のお正月の出来事。
若い頃から繰り返してきた小さな接触事故。
それぞれは別々の出来事です。
でも振り返ってみると、私の中では一つにつながっているような気がします。
だから今の父を見ていても、
「きっと大丈夫だろう」
とは思えないのでしょう。
小学1年生だった私は、自分が父の事故の原因だったと思っていました。
でも今はそう思っていません。
あれは一つの事故でした。
そして父も、完璧な人ではなく、判断を誤ることもあれば不注意をすることもある、一人の人間だったのだと思います。
最近は父の運転問題ばかり考えてしまいます。
でもこうして昔を振り返ると、私が抱えている不安はここ数年で生まれたものではないことにも気づきます。
長い年月の中で積み重なった記憶があって、今の私がいる。
そんなことを考えた出来事でした。

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